「猛老猫の逆襲・山下洋輔 旅日記」エッセイ19・ 百花繚乱、打ち上げの掟
とある音楽コンクールの審査員になったことがある。審査員長が、超絶前衛音楽作曲家で、盟友ジョン・ケージの日本への紹介者でもある一柳慧先生だった。その頃、一柳先生がおれの為に「ピアノ協奏曲第4番"JAZZ"」を作曲して下さるという光栄なことがあり、 そのご縁によるものだった。
その一柳作品を理解し実践するピアニストの中川賢一氏も審査員のメンバーだから、フツウのものでは通らない。ヴィデオなどで送られてくる、おれには驚嘆するレベルのすごく上手い現代音楽の演奏でも「これ、他に出せば入賞だろうけど、ここではすみませんが、、、」という確信犯的審査員集団なのだった。
そのコンクールの応募作品の一つに、裸男がギターやキーボードを吊るしてそれをサンドバッグに見立てて蹴り叩き、音響化するというものがあった。おれはすぐにウケて喜んだが、協議の結果は「最優秀賞とは別に特別賞を出そう」ということになった。これが、トマツタカヒロとの最初の出会いだ。
その後も彼は独自の活動を続けて海外にも飛躍する。おれとは共通の恩師、故西江雅之先生のご縁もあって何度か共演した。自ら「肉態表現」と名付けたその舞台には、裸体のトマツが天井からロープで逆さ吊りになったり、身体を床に叩き付けたり、背景のスクリーンに抽象模様が即興で躍動するなど、ありとあらゆるカードが駆使される。出身が美術学校でその後、格闘家になったという経歴だから、それらのセンス全てが遠慮なく噴出するのだ。
そのトマツタカヒロとの共演が帯広で実現した。「山下洋輔×トマツタカヒロduo トカプチ・オペレペレケプ開拓ツアー」と銘打ってある。北のハナモゲラ語愛好会かと思ったら、マジにアイヌ語で「とかち帯広」の意味だと教えられた。音と動きに反応する即興映像制作者のOKAHONこと岡本和之氏のスクリーンプレイには愛灯学園の方たちの絵画作品も登場した。公演は盛大に迎えられ、初めての共演となる「ボレロ」をやった。ここでもトマツ世界が全開だった。
打ち上げは帯広の名物ジャズクラブ「ビーフラット・メジャーセブン」で、これは主催者の梅田マサノリ氏らの縁がある。おれも前に来たことがある店だ。こういう所での打ち上げはタダではすまない。途中でオーナー兼バンマスのベース佐々木源市氏に呼び出され、ピアノの藤原志津花さんに代わって、ドラム谷尾光治氏とトリオでブルースをやる。引き下がって飲食していたら、ウワサを聞いたトランペットの橋本信夫氏が楽器を持ってやって来た。アンコールを共演する。「アイル・クローズ・マイ・アイズ」という曲を人前でやるのは何年ぶりだろうか。いい気持ちで終了する。
ところで、こういうジャズのセッションの時に、例えば古い付き合いの舞踏家麿赤兒が居合わせたら必ず乱入して自分の舞踏を披露する。それを知りつつトマツ氏は今回はやらなかった。独特の美学だろうが、「次回は遠慮なく乱入して下さい」とジャズマンの悪知恵を伝えた。
ー山下洋輔「猛老猫の逆襲」エッセイ19・百花繚乱、打ち上げの掟ーより抜粋